芋の独り言

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真実にはたどり着けない

我々は洞窟の中にいて(物理的な意ではなく),”真実”というものは洞窟の外にあるわけですよ.偉人と呼ばれるような研究者は, 洞窟の外には”真実”という名の太陽もしくは世界があるとして,洞窟の壁を掘ろうとするわけだ.そんでもって,壁を掘った時に得られたもんが,”現実”でそれが洞窟内の人類に役立つなぁ~ってことでノーベル賞とか をもらったりするわけだね~
ってなことを過去記事↓にも書いたわけだが, kusoimox.hatenablog.jp
仮に洞窟の壁を掘りきって,洞窟の外に出た人間がいたとしよう.彼はようやく洞窟の外に出れたぞー!って最初は喜ぶわけだが,真っ暗な世界で,本当に洞窟の外に出れたのか分からなくなってしまった. 彼は当初壁の外の世界は太陽があって明るい世界だと思っていたので,違いがありすぎて困惑してしまい,挙句,洞窟の壁は多層になっていて,まだ一層目を掘っただけに過ぎないのではないか?と考え始める. そして,彼は途方もなく2層目を探してただ歩き続けるのだ.
つまり,洞窟の中にいた存在は洞窟の外に出れても,それを自覚することができないというわけだ.
シュタインズゲート”でも同様のことを話してたなーそれは,自分が画面の中の存在なのかどうかは自覚できないというパラドックス的な問題.自分がゲームのストーリー上のキャラクターなのかどうかは証明できない. 現に,”私は話の中のキャラクターで,現実の存在ではないんですよねー”という人間がいるか?そもそも,ゲームとかの創作物の中でさえ,そんな発現するキャラクターはほとんどいない.デッドプールあたりぐらいだろうなぁ.
こういうわけで,動物園仮説↓があるわけですよね~違うかもしれんけど...

これらは突拍子もない理論であり,研究者からは総叩きされるわけですが,確固たる肯定する根拠も否定する根拠もどちらもないので,正しいとも正しくないとも言えないはずで, もしかしたら,そうなのかもという,可能性を0にすることはできないはずなんですよ.
真実にたどり着くには,第三者視点,観測者にならねばならず,この世界の構造については,多次元的存在にならねばならないでしょうね.周りの3次元存在の言うことを鵜呑みにせずに, 4次元以上の存在にならねばならないのです.